🕊温聲提示🕊

温又柔が、こんなことします、や、こんなこと書きました、とお知らせするためのブログ。

🍎「日本語に住みついて」第6回が掲載されました

4月にはじまった信濃毎日新聞「思索のノート」は第6回め。幼い私が心弾ませたある"場所"について書きました。芳ばしい記憶をイメージさせるきたしまたくやさんの絵が素敵です。

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今回はかけあしにて🏃‍♂️🌪

📚路上への想像力が救うのは自分

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李玟萱著、橋本恭子訳、台湾芒草心慈善協会企画『私がホームレスだったころ』(白水社)の書評を書きました。

https://book.asahi.com/article/14417209

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🍎「日本語に住みついて」第5回が掲載されました

信濃毎日新聞で連載中「思索のノート」第5回めの掲載紙が届きました。きたしまたくやさんが描いてくださった水平線がひたと沁み入ります。

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令和3年の夏、インターネットには「東京五輪開会式の入場行進、チャイニーズタイペイ、が、台湾(たいわん)、とアナウンスされたことが、うれしい、うれしい、うれしい、中国、ザマァミロ!日台は仲良し!」という声が散見されました。昭和63年の"チャイニーズタイペイ"を胸に蘇らせながら私は、ノーマ・フィールドによる以下の文章を読み返していました。

「場所、人びと、もっと微妙で捉えがたいが、言語、こういうものにたいする愛着は、愛国心と混同されやすい。世界のあちこちで国旗を振りまわす連中が私たちに信じさせたがっていることとは相違して、それらは重なり合っているかもしれないが、おなじではない。そういう混同を、意図的であるにせよ、ないにせよ助長する制度がある。国際スポーツ大会などはきわめて効果的だ(…)あまたの感情がどっと混じりあうとき、旗は常に便利な、そしてあまりもしばしば致命的な、単純化をしてくれるものになる」(ノーマ・フィールド)。

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「文化の森へ」は、オーストラリアにある捕虜収容所から日本兵が集団脱走した「カウラ事件」をめぐるドキュメンタリー映画『カウラを忘れないで』について。事件のこと、まるで知らなかった。あの戦争について、私は知らないことが多すぎる。忘れないで。歴史は常に囁いている。同じ紙面に今回のコラム「即席の『愛国心』に用心」を載せてもらえたことの意味は小さくないと感じています。

📚「ニホンゴデキン」大多数だった

洪郁如著『誰の日本時代 ジェンダー・階層・帝国の台湾史』(法政大学出版局)の書評を書きました。

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https://book.asahi.com/article/14407255

著者の言葉を、一人でも多くの「日本人」と分かち合いたい。

「〈もう一つの日本時代〉を提起することは、告発でも、糾弾でもない。」

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前著『近代台湾女性史』(勁草書房)もすばらしい一冊でしたが、本著もまた、〈日本時代〉が台湾に残した影響の深さを知るためにも台湾の戦後史にむきあう際の、さらに重要な態度の保ち方を示してくれます。

台湾でうまれながら日本で育つ過程で限りなく日本人に近い台湾人として成長した私は、台湾は「親日国」であると無邪気に信じる立場からはどうしても距離がありました。日台友好は望むものの、宗主国と植民地だった両者の間に横たわる歴史に対してはもっと繊細に向かい合いたいと常々願ってきました。

誰的日本時代?

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戦後生まれの洪郁如さんが日本語で書いた本書のタイトルに添えられた中国語を見逃してはいけないと、いま、あらためて、自分に言い聞かせています。

あるのは、「語られてきた〈日本時代〉」と「語られてこなかった〈日本時代〉」だけ。「ほんとうの〈日本時代〉」とか、「真実の台湾」など、ないと私は思ってます。仮にあるのだとしたら、日本人にむかって真実やほんものの台湾について語りたがる一部の台湾人の欲望と、彼らにそのような欲望を生じさせた台湾の歴史でしかない。

台湾に〈日本時代〉を強いた側こそが、そのことに、もっと慎重になるべきなのだ。なかなか伝わらないので、何度でも繰り返します。

戦前世代の日本語使用者がいくら「あの時代は素晴らしかった」と讃えてくれようとも、その日本語をうけとめる日本人が自らに都合よく「日本時代」を解釈してはならない。蒋介石の悪口を言えば台湾愛が示せるほど台湾は単純じゃない。

それがわかったら、もう二度と、私が「台湾人」だからって「ぼくは台湾が大好きで〜」と気軽に、それも日本語で、私に話しかけないでね。そんなあなたとは、永遠に、さよなら、再見。

📚台湾庶民の哀歓 ユーモア交え

西田勝編訳『黄春明選集 溺死した老猫』(法政大学出版局)の書評を書きました。

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https://book.asahi.com/article/14396735

紙幅が足らず内容に言及できませんでしたが、本書に収録されてるインタビューがたいへん充実してます。

とりわけ、14歳の黄春明が書いた作文に涙した国語の先生が「もっとじょうずになりたいなら読みなさい」と沈従文とチェホフの本を黄春明にプレゼントしたこと。大陸からやってきたその先生のくちぐせが「皆さんがよく勉強すれば中国に希望があります」であったこと。そして1949年にまだたった26歳だったその先生が共産党のスパイとして公安に連行されて、それから約半世紀ののち、台湾の国家文芸奨を貰った黄春明がスピーチする段になり、「突然、準備したお話の内容を忘れてしまった。ただ頭をあげて『王先生、私、文芸賞をもらいましたよ』とだけ言いました」と言ったこと…

台湾ではよく知られたエピソードかもしれませんが、今回、日本語読者向けの選集が編まれたことで私は初めて知って、打ち震えました。

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「今の大量消費の社会、商品の社会、金の社会では、人間というものがだんだん冷たくなってきている。とても悲しい(…) 今の社会では大人は変わる見込みない。この社会を変えていこうとするなら人間を変えていかなければならない。子どものときからたくさんのいいお話を聞かせ、たくさんのいい芝居を見せる。そうしたら、その中の何人かは、一人でも私についてくるのではないか、そんな考えでやってます」と語る黄春明の"孫"の世代にあたる自分が、まさに今、黄春明の書き継いできた文学に勇気づけられてることを思うと、良質な文学は時の中でこそ育まれるものだとあらためて確信します。

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平成から令和へと元号が変わった年、「有鄰」に寄せた「戦士、乾杯!」を軸に書いたエッセイを添えて。

https://www.yurindo.co.jp/yurin/16600

 

🍎「日本語に住みついて」第4回が掲載されました

きたしまたくやさんがどんなイラストを描いてくださるのか毎月楽しみな信濃毎日新聞「思索のノート」第4回めの掲載紙が届きました🍎

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前回のわたしの原稿を読んでくださった編集者Iさんがクシシュトフ・ キェシロフスキ監督『ふたりのベロニカ』を思い出したとおっしゃってくださったので、今回はわたしの大好きなある映画について…🍏

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一昨年、ヤスミン・アフマド特集上映中の東京・渋谷イメージフォーラムで購入した、『混成アジア映画の海1 マレーシア映画の母 ヤスミン・アフマドの世界 人とその作品、継承者たち』(山本博之編著、英明企画編集)という充実した"ヤスミンガイドブック"のおかげで、さまざまな事情からめったには鑑賞できないヤスミン映画への愛が片想いみたいにすくすく育つ一方です。『タレンタイム 優しい歌』をご鑑賞の際はぜひとも合わせてごらんください🌺

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(ちなみにわたしは英明企画さんの"まわしもの"ではありません。ただの一ヤスミンファンです)

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✍️日経新聞夕刊プロムナード

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この7月より日本経済新聞の夕刊「プロムナード」の水曜日分の執筆を担当します。

初回は7月8日です。

これから、約半年間、毎週水曜日、どうぞよろしくお願いします🕊