震災「D」isasterから10年の「D」ecadeという節目に、さまざまな「D」をテーマに過去と向き合い、未来を志向するためのムーブメントであるD2021のラジオ。民主主義「D」emocracyを維持するための「D」emonstrationとして、問いをなげかけたり、悩んだり、考たりすることができるような「D」ialogueの場を提供するPodcast「D-Radio」。『真ん中の子どもたち』がきっかけで私にご注目くださるようになった後藤さんのお声がけで、私も「出演」しました🎤
前半(1・31)は、言葉が通じるってなんだろう? と言うテーマで語らいました。
D-Radio:Apple Podcast内の#33:「言葉が通じる」って何だろう?:後藤正文×温又柔×永井玲衣
後半(2・7)は、わからないってなんだ? をめぐって話し合いました。
D-Radio:Apple Podcast内の#34 わからないって何だ?:後藤正文×温又柔×永井玲衣
鼎談の収録後、わかりやすすぎる答えばかりが性急に求められがちな世の中にあって、「答え」を出すことよりも「問う」ことの方に重点をおきながら、わからないことがますますわからなくなってゆくことをまるで恐れず、むしろその状態にすすんで身をゆだねることによってその時々の自分の感覚にとって最もふさわしい言葉を模索する後藤さんとほんの少しのあいだ言葉を交わしただけで、自分が深く癒されていたことに気付かされました。永井玲衣さんの、借り物の問い、ではなく、「私」自身と「他者」をやわらかく結びつけるための「手のひらサイズ」の哲学からも多くの示唆を得ました。彼女のご著書『水中の哲学者たち』(晶文社)も素敵です🐟
今あらためて、私が後藤さん、永井さんと過ごしたあの「D」eepな時間を、安心して得られる場所がこの社会の中にもっとたくさんあればいいのになあとしみじみ思います。